# 明さんのディボーション
2009.12.14 Monday
NWEFC 2009年12月13日 主日礼拝説教
*ヨハネ福音書**14**章**13-14**節***
*ヨハネ福音書講解#**74*
*待降節第**3**週;喜び『御名によって』***
* *
*「またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。」*
*ヨハネ福音書14章13節*
私たちの祈りは「イエスの御名」によってささげられている。イエスはここで、「何でもこの御名によって求めるならそれをする。」と約束されている。
*【1】御名によって祈る。*
・ その意味とは;万能の鍵、プラチナ・クレジットカード以上の『御名』の力
イエスの御名によって起こること;
・ 全知全能の父なる神に通じる「イエスの御名」
他にはこの役を担える名はひとつもない。
*【2】「求めることは何でも、わたしはそれをしましょう」*
・ 祈りの神秘;イエスの御名によって祈る願い『何か』。
イエスが言われた「何か」とは?
「わたしの名によって求めるものは何でも」13節
「わたしの名によって何かをわたしに求めるなら」14節
・ 祈りの実現者;イエス・キリスト
祈った者が「何かを行う」のではない。祈った事を実現すると約束されるのは、イエス・キリスト。
*【3】すべては「父が栄光をお受けになるため」*
・ 父なる神の栄光
栄光;ドクサ=よい評判、評価、ほまれ、賞賛、栄誉。栄光、尊厳、完全さの輝き。
『父なる神のドクサ』とは;神のたたえられるべき偉大さ。
神のきよさ(被造物とは違う絶対者)、正しさ、いつくしみ深さ、そして御子イエス・キリストによって決着をつけてくださった「私の借金」「罪科」の解決法の完ぺきさ。
・ 「父の栄光のための」に関る私たちの存在
イエス・キリストの御名による私たちの祈りは、父なる神のみ力、ご性質、みこころ(神の思い)にかなうこと。それによって、神はご自身の素晴らしさを現される。
* *
*2009年12月14日-12月20日 日々の祈りのために*
*ヨシュア約束の地に入る『神への信頼の実』*
*「主が私とともにいてくだされば、主が約束されたように・・・できましょう。」*
*ヨシュア記14章 12節*
*12月14日(月)聖書;ヨシュア記10章29-43節「主が戦われたからである」*
解説「ヨシュアは全イスラエルを率いて、約束の地の獲得のために戦う。一般の民が戦いの現場へ出て行く。個人レベルの、戦いへの得手不得手の問題ではなく、この戦いは全イスラエルが参与する責任と意味があった。そこで彼らが見たのは、自分たちのために主が戦われ、主が勝利をおさめられた現実だった。誰かが誇るためではなく、すべての民が神を誇るための戦い。」
*12月15日(火)聖書:ヨシュア記11章1-15節「戦車も軍馬も意味なし」*
解説「今度の敵は戦いの群を装備したつわもの。神はヨシュアにまず『彼らを恐れるな』『わたしが勝利を備えている』と声を掛けられる。出て行くと敵はイスラエルの手に渡された。そこで彼らの軍馬、軍事兵器の破壊をするヨシュア。神の声を聞き従うなら、自分より強いもの、力のあるものを恐れる必要はない。万全の軍備も神の進まれる先に用を足さない。御声を信じ進む。」
*12月16日(水)聖書:ヨシュア記11章16-23節「かたくなさの不思議」*
解説:「イスラエルの勝利はこの地域の国々に伝わっていた。しかし、講和を願うものはヒビ人を除いてはいなかった。対立の影に、神の計画が明らかにされている。かたくななものは、容赦なく一掃された。中途半端より、徹底的に間違い逆らっている者の方が、神にとってきよめ易いのか?少なくとも自他共にその誤りを認識し易い。完全な聖絶に、再建の作業は速やかに進む。」
*12月17日(木)聖書:ヨシュア記12章1-24節「征服の要約」*
解説:
「ここまでの戦果を確認する、主の真実を確認する。イスラエル人が占領した土地と王たちの名前の記録。モーセからヨシュアに世代が代わっても、『約束の地の獲得』は、戦い主の導きにより達成されていく。王や指導者の交代のたびに、すっかり色の変わる時代や世で、真のリーダー・真のかしらの神を持つことは、どれほど確かで安定したコミニィテーとなるだろう。」
*12月18日(金)聖書:ヨシュア記13章1-13節「老年に達したヨシュアへ」*
解説
:「指導者ヨシュアこのとき90〜100歳。ここまで荒野の旅と戦いの生涯。民の先頭に立つ緊張の日々。彼に憩いの瞬間はあったのか。彼の人生の楽しみは何だったのだろう。この老人に、神は『まだ占領すべき地』があると語られる。きっとこの神の声、主からの任務こそが、彼の楽しみ彼の安息の場所だったに違いない。神からの信頼、召しを受ける事は、被造物人間の至福。」
*12月19日(土)聖書:ヨシュア記13章14-33節「レビの割り当て」*
解説:
「神に仕えるレビ人に見える領地、足で踏める相続地はない。しかし、『主』を相続地として受けると書かれている。この恵みの膨大さに、私たちの想像力は間に合っているだろうか。神を領地とし、神を相続地とする部族。この意味を知る『霊性』『理解力』をまず求めよ。見えてくる。神を持つことの恐れと歓喜、裕福さと簡潔さ、身軽さと安定。神に仕える者の特権。」
*12月20日(日)聖書;ヨシュア記14章1-15節「カレブ」*
解説:「85歳のなったカレブは、荒野と戦いに参与した45年の信仰の旅・戦いの中で、どんな時にも『主に信頼し続けた』。他の仲間が何と言おうと、彼の主への信頼は揺るがなかった。ヨシュアへの要望と戦いの予感は、神を知っている確信に支えられている。『主の約束は必ずなる!』。約束の達成はたましいのご馳走。途上の、全能者との交わりは、何にも換え難い喜び・知恵となる。」
*ヨハネ福音書**14**章**13-14**節***
*ヨハネ福音書講解#**74*
*待降節第**3**週;喜び『御名によって』***
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*「またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。」*
*ヨハネ福音書14章13節*
私たちの祈りは「イエスの御名」によってささげられている。イエスはここで、「何でもこの御名によって求めるならそれをする。」と約束されている。
*【1】御名によって祈る。*
・ その意味とは;万能の鍵、プラチナ・クレジットカード以上の『御名』の力
イエスの御名によって起こること;
・ 全知全能の父なる神に通じる「イエスの御名」
他にはこの役を担える名はひとつもない。
*【2】「求めることは何でも、わたしはそれをしましょう」*
・ 祈りの神秘;イエスの御名によって祈る願い『何か』。
イエスが言われた「何か」とは?
「わたしの名によって求めるものは何でも」13節
「わたしの名によって何かをわたしに求めるなら」14節
・ 祈りの実現者;イエス・キリスト
祈った者が「何かを行う」のではない。祈った事を実現すると約束されるのは、イエス・キリスト。
*【3】すべては「父が栄光をお受けになるため」*
・ 父なる神の栄光
栄光;ドクサ=よい評判、評価、ほまれ、賞賛、栄誉。栄光、尊厳、完全さの輝き。
『父なる神のドクサ』とは;神のたたえられるべき偉大さ。
神のきよさ(被造物とは違う絶対者)、正しさ、いつくしみ深さ、そして御子イエス・キリストによって決着をつけてくださった「私の借金」「罪科」の解決法の完ぺきさ。
・ 「父の栄光のための」に関る私たちの存在
イエス・キリストの御名による私たちの祈りは、父なる神のみ力、ご性質、みこころ(神の思い)にかなうこと。それによって、神はご自身の素晴らしさを現される。
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*2009年12月14日-12月20日 日々の祈りのために*
*ヨシュア約束の地に入る『神への信頼の実』*
*「主が私とともにいてくだされば、主が約束されたように・・・できましょう。」*
*ヨシュア記14章 12節*
*12月14日(月)聖書;ヨシュア記10章29-43節「主が戦われたからである」*
解説「ヨシュアは全イスラエルを率いて、約束の地の獲得のために戦う。一般の民が戦いの現場へ出て行く。個人レベルの、戦いへの得手不得手の問題ではなく、この戦いは全イスラエルが参与する責任と意味があった。そこで彼らが見たのは、自分たちのために主が戦われ、主が勝利をおさめられた現実だった。誰かが誇るためではなく、すべての民が神を誇るための戦い。」
*12月15日(火)聖書:ヨシュア記11章1-15節「戦車も軍馬も意味なし」*
解説「今度の敵は戦いの群を装備したつわもの。神はヨシュアにまず『彼らを恐れるな』『わたしが勝利を備えている』と声を掛けられる。出て行くと敵はイスラエルの手に渡された。そこで彼らの軍馬、軍事兵器の破壊をするヨシュア。神の声を聞き従うなら、自分より強いもの、力のあるものを恐れる必要はない。万全の軍備も神の進まれる先に用を足さない。御声を信じ進む。」
*12月16日(水)聖書:ヨシュア記11章16-23節「かたくなさの不思議」*
解説:「イスラエルの勝利はこの地域の国々に伝わっていた。しかし、講和を願うものはヒビ人を除いてはいなかった。対立の影に、神の計画が明らかにされている。かたくななものは、容赦なく一掃された。中途半端より、徹底的に間違い逆らっている者の方が、神にとってきよめ易いのか?少なくとも自他共にその誤りを認識し易い。完全な聖絶に、再建の作業は速やかに進む。」
*12月17日(木)聖書:ヨシュア記12章1-24節「征服の要約」*
解説:
「ここまでの戦果を確認する、主の真実を確認する。イスラエル人が占領した土地と王たちの名前の記録。モーセからヨシュアに世代が代わっても、『約束の地の獲得』は、戦い主の導きにより達成されていく。王や指導者の交代のたびに、すっかり色の変わる時代や世で、真のリーダー・真のかしらの神を持つことは、どれほど確かで安定したコミニィテーとなるだろう。」
*12月18日(金)聖書:ヨシュア記13章1-13節「老年に達したヨシュアへ」*
解説
:「指導者ヨシュアこのとき90〜100歳。ここまで荒野の旅と戦いの生涯。民の先頭に立つ緊張の日々。彼に憩いの瞬間はあったのか。彼の人生の楽しみは何だったのだろう。この老人に、神は『まだ占領すべき地』があると語られる。きっとこの神の声、主からの任務こそが、彼の楽しみ彼の安息の場所だったに違いない。神からの信頼、召しを受ける事は、被造物人間の至福。」
*12月19日(土)聖書:ヨシュア記13章14-33節「レビの割り当て」*
解説:
「神に仕えるレビ人に見える領地、足で踏める相続地はない。しかし、『主』を相続地として受けると書かれている。この恵みの膨大さに、私たちの想像力は間に合っているだろうか。神を領地とし、神を相続地とする部族。この意味を知る『霊性』『理解力』をまず求めよ。見えてくる。神を持つことの恐れと歓喜、裕福さと簡潔さ、身軽さと安定。神に仕える者の特権。」
*12月20日(日)聖書;ヨシュア記14章1-15節「カレブ」*
解説:「85歳のなったカレブは、荒野と戦いに参与した45年の信仰の旅・戦いの中で、どんな時にも『主に信頼し続けた』。他の仲間が何と言おうと、彼の主への信頼は揺るがなかった。ヨシュアへの要望と戦いの予感は、神を知っている確信に支えられている。『主の約束は必ずなる!』。約束の達成はたましいのご馳走。途上の、全能者との交わりは、何にも換え難い喜び・知恵となる。」
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