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# Akeさんのディボーション

(祈り)心のきよい者としてください。 

           2010年1月11日-20101月17日 日々の祈りのために

ヨシュア約束の地に入る『指導者の死により記録されること』

1月11日(月)聖書;ヨシュア記22章21-34節「分裂問題決着」

解説「神を敬うことの熱心で起こってしまう分裂は、複雑で悲しい。しかし、この民族の間には、神を敬う者たちにふさわしい解決策が採用された。互いの話を良く聞く、主への情熱を尊重する。礼拝の自由を認め合う。このことによって、民族が一つであることを確認した。人々の心に『満足』が起こる。不信の罪に陥らなかったことを喜ぶ。お互いに『主を持つこと』を祝福しあう。

1月12日(火)聖書:ヨシュア記23章1-13節「告別説教」

解説「老齢に達した指導者の最後の説教は、彼自身の伝説のためではなかった。神、主=彼のすべて、彼らの原因・動機であるお方。占領も安定も繁栄も、すべての出来事は、主にすがる民への神のわざだと最後まで強調する。最後のときまで神に信頼し続ければ、一人で千人を追いやることが出来る。主への信頼が勝利をもたらすのだ。だから、よく注意して『主を愛しなさい。』

1月13日(水)聖書:ヨシュア記23章14-16節「心を尽くし、精神を尽くし」

解説:「神はご自身がなさった約束を、決してたがわない方。民よそのことを心を尽くし、精神を尽くし(熱心に、全身全霊で)知ろうとせよ。神に従順である限り、祝福、神の良いことは民から決して離れない。民が神を忘れるなら、神の祝福は民を離れ、民は絶滅する。神に関して中庸は無い。祝福を受けるか、わざわい(滅び)を招くか、選択権は一人ひとりに託されている。

1月14日(木)聖書:ヨシュア記24章1-13節「主語は『神・主』」

解説:「契約更新。神と民の間の約束は、節目節目に確認、更新される。再び記憶に刻み、心を新たにする。ヨシュアは民族の祖アブラハムの召し、カナンの地の贈与、エジプトへの移住。奴隷状態から解放を民にもたらした『神・主』が、今まさに約束の地へと導かれたことを表明する。すべては真実な神の約束の成就だった。恵みの想起が契約を更新することの土台である。」

1月15日(金)聖書:ヨシュア記24章14-18節「民の応答」

解説:「告別の説教をし、民に救いの神への従順を促した後ヨシュアは、自分と自分の家族は主に仕える!と宣言する。しかし、これまで率いてきた民が、何を崇拝し、拝もうとそれは君たちの勝手であると言う。信仰の従順、自主的な信仰の告白には、このリスクを抱えた突き放しがどうしても必要である。人間の自由な意思からの応答しか、神には有効ではない。YesNoか。

1月16日(土)聖書:ヨシュア記24章19-28節「民の誓い」

 解説:「民の決意を聞いたばかりなのに、ヨシュアはしつこいほどに民の主へのそむきと堕落を予告する。単に人々の主への忠誠の決意を硬くするためにではない。彼らには主を裏切る弱さ、移住地の神々に迎合する可能性を、指導者は見ていた。もうこれ以上彼の担うべき責任はない。ここからは、指導者の罪ではない。民よ目を覚まし、自分自身の足で立て。主を恐れよ。」

1月17日(日)聖書;ヨシュア記24章29-33節「ヨシュアは死んだ」

解説:「葬ることの大切さ。特に主を伝えることで人々に影響を与えた指導者、教師、偉人は民のために、きっちりと死に、がっちりと葬られることが必要である。神は死なない。そうだ、神と人とはまったく違った存在であり、私たちは死ぬことも滅びることも無い神の民、神の子供とされていることを、死者を葬ることで心に刻もう。人をあがめ過ぎると神を見失う。要注意。」       

作家ジョージ・マクドナルドの祈り

「私の神よ。

私の祈りは、私でないところから流れ出ています。

あなたの答えこそが、

私を形造ってくださっているのではないでしょうか。」 

胎児が母体の感情を全身で感じ取り、吸収し、彼を形造って行くように、私たちは自分に対する神の願いを敏感に感じ取り、それによって形造られて『心の中から湧き出る祈り』となります。

このような表面的ではない祈り、人格の中枢から湧いてくる祈りは本物です。

祈りは、神を操作するための呪文ではありません。祈りを神様との深い・親しい交わりであることを知ると「私たちが神様に心が向き、私たちの内側が変えられること」を体験します。

ジェームズ・フーストン『神との友情』P22,23

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